Untitled

犯行を実行したのは、日本赤軍幹部の奥平剛士(当時27歳)と、京都大学の学生だった安田安之(当時25歳)、鹿児島大学の学生だった岡本公三(当時25歳)の3名である[1]

フランスパリローマ経由のエールフランス機でロッド国際空港に着いた3人は、スーツケースから取り出したチェコスロバキア製のVz 58自動小銃を旅客ターミナル内の乗降客や空港内の警備隊に向けて無差別乱射し[1]、さらに、ターミナル外で駐機していたエル・アル航空旅客機に向けて手榴弾を2発投げつけた。

この無差別乱射により、乗降客を中心に26人が殺害され[2]、73人が重軽傷を負った。死傷者の約8割が巡礼目的で訪れたプエルトリコ人であった[1]。死者のうち17人はプエルトリコ人(アメリカ国籍)、8人がイスラエル人、1人はカナダ人であった。死者にはイスラエルで著名な科学者だったアーロン・カツィール(en:Aharon Katzir)も含まれている。

その後、岡本は警備隊に取り押さえられ、奥平と安田は死亡した。2人の死については、「自殺した」という説と、「警備隊の反撃により射殺された」という説の2つがあり、はっきりしていない[3][4]

なお、2002年には、計画に携わっていたとされる檜森孝雄の手記で、「当初の計画では空港の管制塔を襲撃する予定だった」と書かれていたものの、どのようにして警備が厳しい管制塔を襲撃するかなどの詳細が明らかにされておらず、この記述の真偽は不明である。その後檜森は2002年3月30日に自宅で灯油を浴びて焼身自殺した[5]